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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)13270号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四六三万八一〇〇円及びこれに対する昭和五九年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、その昭和五八年六月から昭和五九年七月まで放送していた株式会社投資ジャーナル提供の「株式サロン」という番組(以下「本件番組」という。)中で、司会者である乙山一郎が電話で株式に関する無料相談に応じるとのテロップを流していた。

2  原告は、昭和五九年初めころ本件番組を見て「乙山一郎事務所」と称する連絡先に電話をし、持ち株についての相談をしたところ、間もなく、同事務所の秘書から乙山一郎事務所の会員になるよう電話での勧誘を受け、同年三月七日、会費一〇万円を太陽神戸銀行茅場町支店の乙山一郎名義の口座に振り込み、三か月会員になった。

3  その後、原告は、乙山一郎事務所の事務員から乙山一郎が購入してある株式を時価よりも安値で譲るとの勧誘を受け、同人が本件番組の司会者をしていることからこれを信用し、代金振込先として指示された第一勧業銀行茅場町支店の東証信用代行株式会社名義の口座に、左記のとおり、株式の購入代金名下にアないしウの金員を振り込んだ。

ア 銘柄等 住友ベークライト株式三〇〇〇株

金額 一七二万九九五五円

振込日 昭和五九年三月一九日

イ 銘柄等 日本鉱業株式三〇〇〇株

金額 一三〇万五五四五円

振込日 同年四月一〇日

ウ 銘柄等 太平洋金属株式五〇〇〇株

金額 一五〇万二六〇〇円

振込日 同年七月一一日

なお、乙山一郎事務所の事務員は、右ウの株式の購入を勧誘する際、右ア、イの株価の下落分はウの株式を買って転売すれば取り戻せるなどと説明し、昭和五九年七月一七日に右三社の株式の売却代金合計四六九万〇六三三円を支払うことになっていたが、右同日を過ぎても株式の返還もその売却代金の支払も全く受けることができなかった。

4  ところで、株式会社投資ジャーナル、東証信用代行株式会社等の会社からなる投資ジャーナルグループは、遅くとも昭和五八年三月ころから、現実には株式を所有してもおらず、譲渡する意思もないのに、大衆投資家に対してその保有する株式を譲渡するように装い、株式代金名下に現金を騙取するなどしてきた組織的な詐欺集団である。株式会社投資ジャーナルは本件番組を提供し、その中で株式相談に応じるとのテロップを流して右詐欺行為の欺罔の対象を探す手段としていたのであり、同番組の放送が詐欺の手段として利用されていたことは明らかである。

そして、右乙山一郎は右投資ジャーナルグループの従業員であり、右の組織的な詐欺行為の一環として、原告に対して株式の譲渡や売買代金交付の意思もないのにこれがあるように装い、前記のとおり、原告から会費及び株式代金名下に合計四六三万八一〇〇円を騙取した。

5  被告は、テレビ番組の放送事業者として、テレビ番組が視聴者に多大な影響を与えることに配慮し、テレビ番組が詐欺の手段として利用されその結果視聴者に被害を与えるようなことのないよう、番組提供者及び番組の内容を十分調査して放送の是非を検討すべき高度の注意義務があるというべきである。

そして、株式会社投資ジャーナルが設立後間もない証券取引法の免許を受けていないアウトサイダーの投資顧問業を目的とする会社であり、テレビ媒体を用いる程の利益を出せる会社ではないこと、一〇倍融資等の実現不可能なキャッチフレーズで顧客を欺罔する虚業家集団であることは容易に知りうることであり、実際にも被告は本件番組を見て被害にあったとの苦情を受けていたのに、被告(その営業担当者及び編成担当者)は、本件番組の提供者である株式会社投資ジャーナルについて十分な調査を尽くさずに同番組を放送し、その中で流される客集めのためのテロップもこれを漫然と見逃し、削除させるなどの処置を取らなかった。

このため、原告は本件番組を見たことを契機として前記の経緯で投資ジャーナルグループの詐欺による被害を受けたのであり、被告は右詐欺行為の過失による幇助者として前記損害を賠償する義務がある。

6  よって、原告は被告に対し、被用者の幇助行為についての使用者責任に基づく損害賠償請求として四六三万八一〇〇円及びこれに対する最後の損害発生の日である昭和五九年七月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1は認める。

2  同2ないし4は不知。

3  同5のうち、被告がテレビ番組の放送事業者であることは認め、その余は争う。

被告には、原告の主張するような番組提供者、番組内容についての一般的な調査義務はない。また、本件番組は株式会社スタジオヴアヴが株式会社投資ジャーナルの提供で企画制作した番組を被告が放送したいわゆる他社制作番組であるが、被告は、昭和五八年四月ころ株式会社スタジオヴアヴから同番組の放送依頼があった際、日本民間放送連盟の放送基準に照らして番組考査を行い、問題がなかったため、同年六月から放送を開始したのである。右番組の放送開始は、投資ジャーナルグループが摘発される以前であり、被告には本件被害の予見可能性はなかった。

また、被告による本件番組の放送と原告の被害との間に相当因果関係はないというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  被告がテレビ番組の放送事業者として昭和五八年六月から昭和五九年七月まで株式会社投資ジャーナル提供の本件番組を放送したこと、同番組中で電話による無料株式相談に応ずるとのテロップが流されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、被告が本件番組を放送するに当たり、番組提供者及び番組内容を調査、検討する義務があり、その提供者である投資ジャーナルグループが顧客を欺罔する虚業家集団であることに気付かず、同番組中で客集めのために流されるテロップを漫然見逃して放送した過失があると主張する。

たしかに、被告が放送事業者として、その広告媒体としての重要性に鑑み、テレビ番組が番組提供者による詐欺の手段として用いられることにより視聴者に被害をもたらすことのないよう必要かつ相当と認められる範囲で調査・確認を行うべき注意義務を負うべきことは、放送法五一条、四四条三項及び日本民間放送連盟放送基準一三一条等(〈証拠〉)の趣旨に照らして明らかである。そして、このことは、本件番組がいわゆる他社制作番組であるとしても(この事実は〈証拠〉によって認められる。)、異なることはないというべきである。

三  しかし、右放送法の趣旨等に照らせば、番組提供者(いわゆるスポンサー)については、番組の内容自体についてとは異なり、放送事業者としては、積極的にその営業内容について調査する一般的注意義務を負うことはなく、ただその広告等の内容からその番組提供者の事業によって視聴者に不利益を及ぼすおそれが強いことが推測できる場合や、すでにその提供者の事業の問題性が相当周知のものとなっている場合について番組提供を差し控えるべきものと考えられる。

なお、〈証拠〉によれば、日本民間放送連盟放送基準において「不特定かつ多数の者に対して、利殖を約束し、またはこれを暗示して出資を求める広告は取り扱わない。」(一三一条)との基準が定められ、同連盟の解説として、表現上出資を求めていない広告でも広告主の実体が同条に抵触する事業を営んでいる場合には広告を取り扱わないことが望ましいとの指摘があることが認められるが、これはそれを法律上の義務としたものではなく、いわゆる自粛の意味と解されるうえ、本件において投資ジャーナルは投資顧問業者であったことは当事者間に争いがなく、右基準に該当するということはできない。

また、〈証拠〉によれば、投資ジャーナルグループに対して証券取引法違反の被疑事業で強制捜査が開始されたのは昭和五九年八月下旬ころであり、新聞等でその「十倍融資」等の営業内容に関する問題を広く指摘されるに至ったのもそのころであることが認められ、投資ジャーナルグループの詐欺行為等が、本件番組が放送されていた期間である昭和五八年六月ないし昭和五九年七月以前に、放送事業者として通常知りうる程度の周知性を有していたと認めるに足りる証拠はない。

さらに、〈証拠〉によれば、本件番組の視聴者から、昭和五九年三月ころ、本件番組を見て無料電話相談をして自ら株式を買ったところ損をしたとの苦情が本件番組のネット局に寄せられたことが認められるが、右電話相談が詐欺的な営業の勧誘に利用されたという内容ならともかく、右のような内容の苦情が番組の放送の中止を検討すべき注意義務を基礎づける特段の事情とはいえない。

四  次に番組の内容、特に原告主張のテロップの放送について被告に注意義務違反があるかどうかについて判断する。

前記当事者間に争いのない事実並びに〈証拠〉によれば、本件番組の内容は、日本経済、世界経済を解説しながら株式価格の動向を説明する教養番組であること、同番組中で流されたテロップは「株式市場ニュース及び注目銘柄については、無料相談をしております。お問い合わせ下さい。乙山一郎(電話番号略)」という内容であったことが認められる。右テロップの内容はそれ自体出資の勧誘にわたる内容とはいえず(右無料相談の勧誘は、投資顧問業にふさわしいものであり、詐欺の客集めに利用されるのではないかというような推測をすべき状況はなかった。)、その他本件番組に詐欺の手段として用いられるような不適当な内容が含まれていたと認めるに足りる証拠はない。そして、〈証拠〉によれば、被告の編成部は本件番組の放送開始を決定するに先立ち、実際に本件番組のVTRを見て審査し、右テロップ部分を含めて番組中に出資の勧誘にわたる内容が含まれていないことを確認したうえで放送を決定したことが認められ、本件番組の内容の審査に関して被告に前記注意義務違反はないというべきである。

以上のとおり、被告には本件番組の放送に当たって放送事業者としての注意義務違反はなく、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

五  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 山垣清正 裁判官 宮坂昌利)

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